心臓カテーテルの歴史 先人の英知で先端治療を実現!!
2009年06月01日
今月の25~27日に「日本心血管インターベンション治療学会」が行われます。この学会は、ハートケア情報委員会でも発信している狭心症の治療方法のひとつでもあるカテーテル治療について、日本や世界各国から医師たちが集い、治療方法を議論したり、学んだりするところ。これまで2つあった学会が統合して立ち上がる最初の学会ということもあり、より活発な議論がなされるものと予想されます。このような場での研究が、私たちの治療にも反映されているのですね。
心臓におけるカテーテル治療の歴史をひも解くと、実はかなり古いことがわかります。時は1929年、のちに世界大恐慌のきっかけともなるブラック・サーズデーが起こった年。ドイツ出身のヴェルナー・フォルスマンは、なんと、自分の腕を切開し、尿カテーテルを自身の心臓の右心房まで通したのです。カテーテルを通したまま放射線医学の部署まで駆け込み、レントゲン写真を撮ってカテーテルが確かに右心房まで届いていることを確認したというのだから驚きです。こんな命をかけた実験を行ってほめられるかと思いきや大間違い。この一件で彼は病院を解雇されてしまいます。しかし、1956年、彼が初めて自分の心臓にカテーテルを通してから約30年が経過して、その心臓の研究への貢献が評価され、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
カテーテル治療が実際に人になされるのは、さらに20年が経過した1977年。ドイツ人医師で当時スイスのチューリッヒ大学に勤めていたグルンツィッヒ医師により、風船を取り付けたカテーテルでもって、狭くなった血管を内側から広げるという治療方法が行われたのです。なんと、この患者さん、治療を受けた30年後の2007年に世界的学会であるTCTに元気な姿でご登場されたそうです。その後、1986年には、バルーンだけではすぐに押し戻ってしまう血管を内側から支えて広げるステント(チューブ状の金網)がはじめて人に留置され、2002年には、ステントに再狭窄(治療した血管が再び狭くなること)を防ぐ薬が塗られた薬剤溶出ステントが使われるようになりました。
最初にカテーテルが人類の心臓に届いて、今年で80年。先人たちのたゆまぬ努力と治療への信念の上に確立した今日の医療の歴史を感じますね。
■外部リンク:
日本心血管インターベンション学会
http://www.jsichp.com/index.html
日本心血管カテーテル治療学会
http://www.jacct.com/
私たちの暮らしと医療機器
http://www.jfmda.gr.jp/kikaku/02/index.html
■関連リンク:
第10回 狭心症などの冠動脈疾患の治療について|ドクターズコラム|ハートケア情報委員会
http://heartinfo.jp/column/article/post_3.php
第8回 虚血性心疾患の治療後のクオリティ・オブ・ライフについて|ドクターズコラム|ハートケア情報委員会
http://heartinfo.jp/column/article/post_1.php
心臓病の治療|冠動脈インターベンション|ハートケア情報委員会
http://heartinfo.jp/cure/index.php