第23回 日本の医療環境について
東海大学医学部付属病院教授 伊苅 裕二
●心筋梗塞になり救急車で担ぎこまれた場合、どれくらいの割合で生還できるのでしょうか?
嬉しいことに、日本では生きた状態で病院にたどり着けば、救命される確率は世界でも非常に高いものがあります。救急車で担ぎこまれるということ自体が、一つの分かれ目ともいえるでしょう。
心筋梗塞で、病院に運ばれても、血圧が100以上ある場合は、95%の確率で生還できます。ただし、拍出量が悪くなり、血圧が90以下になっている、いわゆるショックというような状態になると、生還できる確率は50%程度と一気に落ちます。しかし、そのこともカテーテル治療という詰まった部分をすぐに広げるという治療をするようになって、ようやく5割になったというもので、過去においてはほとんどのケースで助かることができませんでした。
心筋梗塞は、とにかく生きて病院の門をくぐることが最も重要です。せっかく病院にたどり着けても心停止の場合は、救命率は非常に下がります。心停止になると救命率は1分ごとに10 %ずつ下がり、10分心停止すると、助かることはまず難しくなります。最近街角でよく見かけるAEDによる除細動も、心停止後、5分以内にしなければならないということです。
●新聞などで、日本の医療は遅れているなどと言われるのを耳にすることもありますが、日本の医療は諸外国に比べて本当に遅れているのでしょうか?
最近、明るい話題のない日本の医療環境ではありますが、2番目の死因である心筋梗塞の日本での成績は世界でも非常に優れたものです。その理由となっている大きな点は、夜間や緊急で病院に運ばれても、カテーテル治療が第1選択でおこなわれることが多いという点です。
心筋梗塞の治療方法には、血管の詰まった部分をバルーンやステントというチューブ状の金属で広げるカテーテル治療と、点滴などで薬を注入していく血栓溶解療法とがありますが、血栓溶解療法は医師の経験に依存しないばらつきのない処置法である反面、詰まった部分を完全に通せるのは6割程度と必ずしも高い成功率とは言えません。一方、カテーテル治療の場合は、詰まった血管を開通できる確率は95%です。近年、治療器具の進歩などによって、地域の中核病院などであればたいていのケースで実施している一般的な処置法になってきています。日本のみならず、アメリカやヨーロッパでも、生存率、血行再建率ともに非常に成績がよい治療法です。
日本では、狭心症や心筋梗塞の第1選択として、この世界中で一番よいとされているカテーテル治療が施されることが多いのですが、世界ではかならずしもこのよい治療が第1選択となってはいないのです。アメリカでは医療費に加え、ドクターフィーというものが請求されます。よい治療が選択されない最大の理由は、医師の費用が高く、お金を持った人しか、技術をもった医師に治療を頼めないということにあります。夜間や緊急となれば、さらに金額も上がってきます。
先端医療などの分野では、海外の方が進んでいるものもありますが、死因の2位である心筋梗塞という疾患について、誰でも世界で最良とされる治療が受けられるというのは、日本の医療がアメリカの医療費の4分の1で賄われていることを考慮しても、日本の医療の良い部分といえるでしょう。
また、「海外で心臓移植の手術を受けにいく」などという報道を聞くと、日本では移植できる医師が少ないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本で移植ができない最大の理由は、臓器提供者と臓器を必要とする人をつなぐシステムが確立されていないことです。この問題が解決されれば、日本には移植できる医師が十分におり、しかもより安く手術を受けることができます。
カテーテル治療については、日本の医師は世界的に見てもはるかに技術に優れており、リーダーといわれる多くの医師が、海外の医師に指導をしています。日本の医師が海外で指導者となっているというのは嬉しいことですね。
●病院はどのような基準で選べばよいでしょうか。また、セカンドオピニオンなどとよく言われていますが、診ていただいている先生に失礼ではないかと気になります。
日本の保険医療はどこでも同じものが受けられるというのがその原則です。皆さんは、どの病院がどんなことをやっているかよく分からない、という印象をお持ちでしょうが、病院は宣伝をはじめ、情報を積極的に出すことを基本的に禁じられています。そのような環境下での病院探しとなると、口コミというのも一つの重要な情報源でしょう。
セカンドオピニオンについては、確かに慣れないとお感じになることもあるでしょうが、最近では普通になっています。他の先生の意見も聞きたいと伝えれば、資料を用意してもらえるでしょう。ただし、2番目に相談した医師の判断が正しいとは限らないということも注意しなければなりません。最終的にはじっくりと考え、ご自分で決断しましょう。
決断する際、または同意書にサインをする際などに、迷われることもあるかと思いますが、決断できないという場合は、よく理解できなくて決められないという場合と、理解はできたが決められない、という場合があると思います。信頼できる医師と納得のできるまでじっくり話し合い、ご家族などとも相談しながら決めましょう。
【プロフィール】
名古屋大学医学部卒業。
東京大学医学部にて医学博士取得。
三井記念病院、ワシントン大学、再び三井記念病院勤務を経た後、
現在、東海大学医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)教授。
循環器内科学、心血管インターベンション、血管生物学を専門とし、
数々の論文を執筆。カテーテル等の医療機器の開発にも従事。